【ホリデイショートストーリー全4編】コスメティック・ホリデイ4都市スケッチ~東京編~
〈ゴールデンイエローの笑顔〉
「ねぇ、疲れてる?」
受付事務の同僚にそう言われたのは数時間前のことだ。
「そんなことないよ」
来客があって話はそれきりになったが、帰りにロッカールームで鏡を覗いて納得した。疲れと言ったのは彼女の気遣いだったのだろう。はっきりいって生気の抜けた目をしている。そういえば最近は来客が同僚にばかり声をかけている気がする。
そんなことを考えながら東京駅に向かっていると、大丸が目に入った。そうだ、アイメイクでも変えてみるか。そんな軽い気持ちで足を向けた。
この頃はコスメを買うのはオンラインがメインだし、店舗で買うにしても事前に目星をつけておいて短時間で済ませる。1本でも早い電車に乗って、1分でも早く帰りたくて。
あてもなくコスメフロアに向かうのは久しぶりだった。
館内はすっかりクリスマス仕様だ。もうそんな時期か。すっかり忘れていた。
「わぁ……」
視界に化粧品売場が広がると、思わず小さな声が漏れた。
ホリデイコフレの数々、美しく並べられたコスメ、上品な香り。心が煌めき、浮き立つ。と同時に、その感情に懐かしさを覚えた。
ここはわたしとデパコスの初めての出合いの場だ。就職したはいいもののメイク慣れしてなかったわたしを、OJTで指導担当だった先輩が連れてきてくれたのだ。
当然ビューティーアドバイザーからレクチャーを受けるのも初めてで、ずっと両手を握りしめていたのを覚えている。
たしかリップを一本買ったはずだ。
帰りは足取りが軽かった。映画を観たあとにヒロイン気分が抜けきらなくて歩き方が変わってしまうのに似ていた。わたしにとって、小さな紙袋の中の小さなコスメはハッピーエンドへの扉を開く鍵だった。
あの時わたしに鍵のありかを教えてくれた先輩は3年前に東京を離れ、今はSNSで繋がるだけだ。
「気になる商品はございますか?」
傍らにビューティーアドバイザーが立っていた。
先輩はSNSの画面の向こうで、リムジン女子会なるものをしていた。華やかなパーティーメイクで満面の笑みを浮かべて。
「あの、アイシャドウを……」
「それでしたら、こちらはいかがでしょう。オンオフお使いになれるパレットで――」
ウォームカラーの中でもゴールデンイエローが目を惹く。
「お試しになりますか?どうぞこちらのお席に」
目の前に鏡が置かれる。
そこには、笑顔のわたしが映っていた。
イラスト:yojibee
※このストーリーはフィクションです。
EDITOR
小説家
霜月透子
第16回・第17回坊っちゃん文学賞佳作受賞。『恋テロ』(富士見L文庫)、『夢三十夜 あなたの想像力が紡ぐ物語』(学研プラス)、「5分後に意外な結末シリーズ」(学研プラス)などのアンソロジーに寄稿。
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ホリデイシーズンのコスメ売場を舞台に、大阪・東京・札幌・名古屋の4都市のショートストーリーを書き下ろしました。物語の主人公は大丸・松坂屋 冬のBeauty Up内企画「#都市別 #ササメイク」のモデルとなっている女性たち。
彼女たちはどんな思いで、何のためにホリデイシーズンのデパートでコスメを買うのでしょうか?