【ホリデイショートストーリー全4編】コスメティック・ホリデイ4都市スケッチ~札幌編~
〈ピンクに染まるその先へ〉
吹き抜けに飾られたツリーは、ホリデイ時期の楽しみのひとつだ。
化粧品売場の上品な香りが漂う中、ツリーを撮ろうとスマホを構えていると、背後から見知らぬ人の会話が聞こえた。
「メイクなんてしなくても充分に綺麗だよ」
自分に向けられた言葉ではないとわかっていても、思わず手を止めて振り向いた。恋人同士と思われる二人がツリーを見上げながら話していた。わたしは慌てて視線を外してスマホを構え直しつつも、つい聞き耳をたててしまう。
「わかってないなあ」
「なにが?僕はすっぴんでも気にしないよ」
彼の方は、面倒なメイクなどしなくていいと言いたいらしい。
わかってないなあ。彼女と同じセリフを心の中でつぶやく。ありのままでいい、というのは優しさだ。それはわかっている。だけど、本人が現状を変えたいと思っているのに、変わらなくていいと言われると戸惑ってしまう。
たとえば、取引先への説明資料を作成していると上司が「大変だろう、おーい誰か手伝ってやって」と周りに声をかける。すると同僚や後輩が「任せっぱなしでごめん」とわたしがやろうとしていた仕事を持っていってしまう。善意だとわかっているから、わたしもつい、「ありがとう、助かる」などと口にしてしまう。凍てつく地上に出てでも見たいイルミネーションがあるのに、寒いでしょうと地下道に引きずり込まれるような気分になる。
「そもそもあなたのためにメイクしてないし。そりゃあ、あなたに綺麗と思われたいっていうのもあるけど」
背後での会話は続いている。
「大丈夫。綺麗だよ」
「うん。それはわかってる」
断言する彼女に彼が笑った。
「自信あるんだ?」
「あ、いや、そういうことじゃなくて。あなたはわたしがどんなメイクをしていても、あるいはメイクしていなくても綺麗って言ってくれるのはわかってるってこと」
「うん。だからメイクなんてしなくたって……」
二人は話しながら去っていく。
とりあえず、わたしもメイクから変わってみようか。頑張って念入りに。自分で自分を綺麗と思えるメイクを。いつも使っているリップより発色のいいピンクとか。
そんなことを思いながら化粧品売場を巡る。
「いらっしゃいませ」
ここならきっと、今のわたしがちょっと先に進むことを応援してくれる。
「このリップ、見せてもらってもいいですか?」
イラスト:yojibee
※このストーリーはフィクションです。
EDITOR
小説家
霜月透子
第16回・第17回坊っちゃん文学賞佳作受賞。『恋テロ』(富士見L文庫)、『夢三十夜 あなたの想像力が紡ぐ物語』(学研プラス)、「5分後に意外な結末シリーズ」(学研プラス)などのアンソロジーに寄稿。
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ホリデイシーズンのコスメ売場を舞台に、大阪・東京・札幌・名古屋の4都市のショートストーリーを書き下ろしました。物語の主人公は大丸・松坂屋 冬のBeauty Up内企画「#都市別 #ササメイク」のモデルとなっている女性たち。
彼女たちはどんな思いで、何のためにホリデイシーズンのデパートでコスメを買うのでしょうか?