【前編】宝塚卒業から10年、引き算ができてより素の自分を楽しむ今とは?元宝塚歌劇団雪組トップスター・音月桂さんにインタビュー〈十人十色の美衣食住〉
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音月さんが宝塚にご興味を持たれたきっかけを教えてください。
私は幼い頃からバレエを習っていました。その先生が偶然にも宝塚の卒業生だったんです。
私はとにかく踊ることが楽しくてバレエ教室に通っていたのですが、ある時先生が「桂ちゃん、宝塚を受けてみたらどう?」と勧めて下さいました。母親が宝塚のファンだったということもあって、東京宝塚劇場に足を運びました。初めて見た時は、まさか演じているのが全員女性だとは思わずにカルチャーショックを受けましたが、あの素敵な空間と”男役”というものにとても興味を抱くようになりました。今思えば、宝塚の世界を見せて下さったのはバレエの先生の作戦だったと思います(笑)。あれほど華やかな世界に触れたのは初めてだったのですっかり虜になってしまい、受験することを決意しました。先生も元男役さん。サバサバしていてカッコよくて、女性が憧れるような素敵な方なんです。この先生の影響が、本当に大きかったですね。
ずっと宝塚ファンで、小学生の頃から踊りや歌を勉強している方もたくさんいます。でも私が宝塚を初めて見たのは中学1年生の頃だったので、そういう方々に比べると遅いスタートでしたし、ファン時代をあまり過ごすことなく受験しました。でも入団してから過去の作品もたくさん見ましたし、宝塚に対する情熱は誰にも負けないと思うほど、大好きな世界になりました。
02
宝塚をご卒業されてから今年で10年ですよね。ご卒業を決意された当時、どんなご心境でしたか?
素晴らしい衣装・セットなど、宝塚の華やかな世界観が大好きでした。その世界観のファンであるお客さまが持たれているイメージを壊さないためにも、男役として背中で語るようなお芝居をしたり、涙を流さずに感情の表現をしたり“美しい”演技を常に追求していました。でも勉強のために他の舞台をたくさん見ていくうちに、大きく口を開けて笑ったり、思い切り泣いたり、自分の身をさらけ出してお芝居している俳優さんの演技を見て、「役者ってこんなに表現力の幅があるのか」と思うようになったんです。そうしたら何となく血がうずうずして、私ももう少し表現の幅を広げたいと考えるようになりました。それが宝塚を卒業しようと思った一番最初のきっかけです。
私は男役だったこともあって、役というフィルターだけでなく、男性であるフィルターもかけていたので、“自分が出したいもの”と“出せないもの”の壁にぶつかるようになってしまったんです。もちろん宝塚が嫌いになった訳でもないですし、その世界観はとても尊いもの。トップになっていろいろな経験もさせてもらえて、やり尽くした感もあって、「そろそろピリオドを打てる」と、退団を決めることができました。そうはいっても退団する時は、男役の私とさよならしなければいけないという寂しさが大きかったです。
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宝塚ご卒業後のこの10年間で、ご自身の中で変化されたことがあったら教えてください。
この10年、本当にアッという間でした。気づいたらここまで来ていたという感じです。いろいろな経験の中で、なかなか上手に出来なくて悔しいこともありますが、一度も役者を辞めたいと思ったことはないんです。宝塚にいた時もそうですが、男役であれ、女優であれ、ひとりの表現者、役者として根本にあるものは変わりません。
卒業してから「女性に戻るのに何か努力していますか?」と質問されることもありますが、あまり違和感がなかったんです。宝塚時代もキザな役というよりも中性的な役を演じることが多かったですし、男役ではなくショーで娘役として踊ったり、お芝居することも何度かありましたしね。ほとんどの男役の方はそれを嫌がる方が多いので、プロデューサーさんから「今回は娘役でごめんね」と言わることもありましたが、私は「いえ、やりたいです」って言っていました(笑)。娘役を演じてみると、自分が男役に戻った時にどうやって女性をリードしてあげたらいいのかが分かるようになりましたから、すべては経験ですね。卒業後すぐにスカートを履いたり、髪を伸ばすのにも抵抗感がほとんどありませんでした。宝塚にいた時は自然とメンズの香水をつけていましたが、卒業してからは香水をつけなくなって、フランクにどんな役にも向き合える自分でいたくなりました。だからあえて女性らしい何かをするのではなく、ナチュラルでいることが心地良いです。
当時はすごく頑張って鎧をつけて、自分とも戦って、ストイックの度が過ぎていたかもしれません。そうでなければいけないと思っていましたし、10代、20代だったので体力もあるからちょっと無理もできちゃうんですよね。今は年齢を重ねて無理も出来ないというのもありますけど(笑)、素の自分を受け入れられるようになりました。ピーンと張っていた糸が少しフワっと緩まった気がします。いい意味で引き算ができるようになって、楽しいですね。
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お仕事への向き合い方にも変化はありましたか?
宝塚にいると同じカンパニーが基本で、顔なじみのスタッフさんとずっと一緒に公演しているので“家族”みたいな感じです。今は毎回現場が違いますし、いろいろな出会いもあるので、いつも新鮮で刺激を受けています。
宝塚時代は、公演中はもちろん稽古中も分刻みでやることを決めて行動していましたし、そうあるべきと信じていたところがありました。同じように行動されている宝塚の先輩方を見ていたので、「私もそうしなきゃ」という思いがすごく大きかったんです。でも今は朝起きて、その日の自分の声や体調と相談してウォーミングアップをするようになりました。だからメニューを決めないことがルーティンになっています。ルーティンをガチガチに決めてしまうと、それができなかった時に「あれをやっていない」という心配に繋がりますし、窮屈に感じてしまいますよね?どんな舞台でも共同作業ですし、ひとりでお芝居をしているわけではないので、みなさんの“気”というか“空気感”もその日によって違います。なので、その日の雰囲気によって楽屋でかける曲を変えたり、その日の自分の体調やメンタル的なものに耳を傾けて、舞台に臨むようにしています。朝の挨拶も「コミュニケーションを取らなきゃ!」と思っていたときもありましたが、今はその日の“空気感”を見るようになりましたね。これまでは猪突猛進、自分のやるべきことばかりを考えてしまっていたので、少し視野が広がった気がします。
稽古中は考え込んでしまったり、できなくて悔しい時もありますが、そんな経験をできることが嬉しいですし、楽しいと思えます。先日の舞台(「レオポルトシュタット」)は初めての演出家さんとご一緒したのですが、目標を高く掲げられる方だったのでついていくのに必死でとても大変でした。でもそういう経験がこの年齢でできることにも感謝だと思いますし、必要な経験だったと思えます。何事も勉強だなと思える余裕ができたのかもしれませんね。
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音月さんは歌、踊り、お芝居と三拍子揃った実力派でいらっしゃいますが、それぞれで何か心掛けていらっしゃることはありますか?
今はどれも好きです。でも実は…歌劇団に入ったころはお芝居があまり好きではありませんでした。その当時の順位で言うと踊り、歌、お芝居だったんですよね。でもある時、宝塚では珍しく歌も踊りもないお芝居だけの和ものの舞台に先輩方と一緒に出ることになって、嫌でもお芝居に向き合わなければいけなくなりました。その舞台で壁にぶつかったり、できなくて悔しくなったり、いろいろと学んだことで、お芝居が好きなものの順位の一番上になったんです。
歌う時も芝居の心がないと、歌の色合いや声色も変わってこないし、伝えたいことも伝わらない。芝居の気持ちが入ると歌も豊かになると感じるようになりました。それは踊りも同じで、芝居の心があると踊りも表現の幅が広がる。お芝居が好きになったことで、すべてに良い影響が出てきたなと思えたのが7年目ぐらいでしたね。それからはお芝居することが大好きになってしまって、歌も踊りも二の次で、他の方の舞台を観に行って役者さんの表現方法や、海外の映画俳優さんのしぐさを研究するようになりました。
なので、それぞれに心掛けているというよりは、お芝居に集中し始めたら、すべてに派生していった感じですね。どれも好きなので、何でもチャレンジしたいと思っていますし、ひとつに絞れません。もちろんひとつに絞って極めることにも憧れますが、私はどれも挑戦したいと思ってしまいます(笑)。役者というよりも表現者でいたいですね。自分のやりたいことをいろいろな形で表現して、お届けできるような人でいたいと思います。
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宝塚時代はご自身で舞台メイクをされていたと思います。現在もご自身でメイクされていらっしゃるのでしょうか?メイクをされる時に意識されていることがあれば、教えてください。
どの舞台のときも自分でメイクしています。その舞台のメイクさんに全体のイメージをお聞きしてから、役にあったメイクを一緒に考えて、メイクは自分でしています。宝塚と明らかに違うのは、濃さですね(笑)。男役だったので眉も太かったですし、もみあげを描いたりしていましたから。
今はどちらかというと表情で喜怒哀楽をくみ取っていただきたいので、アイラインやアイシャドウを控えめにしていて、必要最低限のメイクにしています。時によっては「もう少しメイクを濃くしてください」と言われるぐらいナチュラルメイクです(笑)。もしかしたら宝塚の反動かもしれませんね。普段使いしているものよりはもう少しカバー力があるものや、汗をかいても崩れにくいものを使うようにしていますが、至ってシンプルなメイクを心掛けています。ベースをしっかり作って、色味はそんなに入れないメイクにしている感じです。メイクに目が行ってしまうとお客さまに伝えたいことが伝わらないような気がして、なるべく必要がないものは省いています。
でも、宝塚を卒業してすぐの頃はもしかしたら少し濃いメイクをしていたかもしれません。つけまつ毛などもしていたような気がします。今はまったくつけませんが、その頃はそれが当たり前でしたからね。
実はメイクするの苦手な方です(笑)。宝塚でも先輩がメイクを直してくれるほど、上手くなかったです。ヘアスタイルを作るのも苦手で、踊ったらすぐ崩れちゃったりして(笑)。ほんとにみんなに助けてもらっていました。
<音月桂さんプロフィール>
1998年、宝塚歌劇団に入団。宙組公演で初舞台を踏み、その後雪組に配属。2007年夏には世界陸上大阪大会開会式に合わせて結成されたユニット「AQUA5」のメンバーに選出される。2010年に雪組のトップスターに就任し、歌・ダンス・芝居の三拍子が揃った実力派トップと称され、2012年に惜しまれながらも退団。現在は舞台、映画、ドラマで幅広く活動中。
後編では、音月さんがハマっているあのアイドルの推し活の話や、メイク・スキンケアなどの美のお話、笑顔の秘訣についても伺いました。
編集/㈱メディアム 成田 恵子、執筆/北村 文、撮影/三浦 藤一、ヘアメイク/金澤 美保、衣装/CHERIE ONEPIECE 税込42,900円 ※DEPACOおよび大丸・松坂屋各店ではお取り扱いがございません。
EDITOR
DEPACO編集部
副編集長 秀島
プロモーション歴10年以上、DEPACOの生みの親。ビューティ系企画~編集~広告~イベントまで幅広く携わる。経験とはうらはらに、百貨店入社をきっかけにデパコスに触れ始めた“保守派”でかつ、"自信はないけど少しはこだわりたい派"。趣味はアート&銭湯めぐり。
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“十人十色の美衣食住”
ひとそれぞれ、さまざまな「美」を大切にされている方々に迫ります。
今回のゲストは宝塚歌劇団の雪組トップを務め、歌・ダンス・芝居の三拍子が揃った実力派トップと称された音月桂さんです。宝塚退団から今年で10年という節目を迎え、これまでを振り返りながら現在の心境やご自身の変化を語っていただきました。